連休中に松江歴史館に行ってきた。で、展示物がとても面白かった(経営者は必見?)のでご報告。3月に完成したばかりの新しい施設である。
今も昔も財政再建・・・
松江の町は堀尾義晴という人が開府してちょうど400年になる。この歴史館では400年前(江戸時代前期)に松江ができてからの歴史の流れを分かりやすく展示しているのだが、中でも「松江の財政再建」に関する展示物がかなりの部分を占めているのが興味深い。市長の好みだろうか?(笑)
松江藩は、一時は税収の5倍にも及ぶ借金を背負った破綻寸前の貧乏国だった。が、長年の苦心の末に無借金の優等生に変貌した。いかにしてそれを成し遂げたのか?その歴史を知ることは、現代人にも大いに参考になるはずだ。ということで、展示資料を参考にちょっとレポートしてみたい。
(参考まで、常設展は写真撮影が許可されている。ただしフラッシュの使用は不可。また撮影した写真はブログに転載しても良いそうである。)
松江城築城のコーナーを過ぎると、先ず目に入るのがこの資料。松江藩の収支を記した出入帳(出納台帳)である。当時の松江の税収10万両に対し、その5倍にも及ぶ49万両もの借金を背負っていたことがわかる。当時の1両をいくらに換算するかは難しいところだが、およそ10万円~30万円と言われている。(ずいぶん開きがあるが、現代と生活レベルも物価レートもまったく違うので致し方ない)
ざっくりだけど、200億円規模の行政が1,000億円の借金を背負っていたと考えれば良いだろう。余談ながら、現在の松江市の予算規模はおよそ1,000億円(ただし税収は300億円弱)である。対する公債残高は1,500億円。せっかく先人が苦心の末に無借金にしたのに、また江戸時代に逆戻りである(苦笑)
まあしかし、こんなものはたいしたことではなくて、我らが日本政府は予算規模80兆円(税収は50兆円)に対して、その10倍の800兆円の債務残高を抱えている。どうせこの先強いインフレに向かうのだから、この際借りた者勝ちってことなんだろう!(と、やけくそ気味につぶやいてみるw)

えー、気を取り直して(笑)
この上のグラフが、借金完済までの道のり。左に下がっているラインが借金の残高。左に緩やかに上がっているのは貯蓄高をあらわしている。完済までには、実に72年という歳月を要した。このグラフを見るとわかるが、経営再建に奇手や魔法などは存在しない。地道な努力によって初めて成し遂げられるものであることが理解できる。
では、破産寸前の貧乏藩が、いかにして経営の優等生になったのだろうか?
長くなるので、第2弾に続く。 ■貧乏脱出大作戦 その2

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